2011/03/27(日)19:14
早稲田大学の卒業証書授与日、第3日目の3月26日、私の高校時代の恩師、元静岡大学教授、黒羽清隆先生と私を廻る関係にひとつのピークが訪れました。

私が、これまでに幾度かブログに拙い言葉で黒羽先生の思い出を書き、そしてその刊行のご尽力に謝意を述べた「黒羽清隆歴史教育論集」の編者八耳文之先生が奥様とともに、遠方から、早稲田に「3つのオレンジへの恋」を訪ねてくださったのです。

お見えになるとのメールをいただいてからは、61歳の私が、まるで初めてのデートの前のようにおちつきませんでした。しかし、お会いすると、旧知の間柄のようにすぐに黒羽先生のお話となりました。

お土産をいっぱいいただいてしまい、特に「詩人」「言葉の達人」である黒羽先生の面目躍如たる、「いまはけものたちのねむりのとき」という、タイトルを見るでけでもゾクゾクする詩作集をいただき望外の喜びです。恩師家永三郎先生の序文付きの私家版、黒を基調とした装丁表紙がとてもおしゃれです。

当日、店内は貸切の卒業生のゼミの集まりで、落ち着かない中での「面会」でしたが、限られた時間の中で十分な気持ちの交流をさせていただきました。八耳先生のお話は全部記憶にとどめておきたいと、静かな状況下、もう一度、同じことをあらためてお聞かせくださいとお願いいたしました。

八耳先生には私の高校卒業アルバムで「黒羽さん」の若き日のおすがたを見ていただきました。八耳先生は私たちが普通に、先生を「さん」と呼ぶ慣習に驚いておられました。たしかに「さん」というと上下関係がなく一歩身近に感じます。

私がクラスメートと黒羽さんの葬儀に参列した際には、呆然とし、ただただ信じられず、読まれた弔辞もほとんど記憶がないのですが、八耳先生から、どなたか「10年、20年にひとりくらいの逸材」といわれた方がいたというお話がありました。

黒羽さんは、分野は異なりますが攻、走、守すべてに傑出している大リーグのイチロー選手のようだと思うのです。黒羽さんのことばはまるでモーッアルトの音楽のように、簡潔明瞭で、はっせられたすべてに意味があるように思います。

八耳先生からは、今度は共同の編者でいらっしゃる加藤正彦先生とも一緒にお会いしましょう、との大変に有難いお言葉をいただき、お別れいたしました。

思いおこせば、10年前に私が会社を辞めて以来、すっかりパソコンから離れ、忘れていた機器の操作。パソコンに触れるのもいやになっていた。

東京商工会議所新宿支部の職員と、提携されている先生の温かいサポートにより、今年1月から、よろよろとHPとブログを始めて3ヶ月。今、このような形で実を結ぶとは。もしかしたら、天国の黒羽さんが微笑んでいるかもしれません、「演出は俺だよ」。

ここ数年、我が家の「オレンジ娘」の卒業式に、大きい涙、小さい涙が流れました。今年は式がなくなり涙はないと思っていました。しかし、4年間、店内に可愛らしい絵を展示し、この春卒業してゆくあかがわさんに、今度わたしが書く物語の挿絵でまたあえるねと、再会を約し、そして八耳先生との予期せぬ対面があって、一寸気を抜くとやはり涙がこぼれそうでした。


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早稲田大学南門前のオムライス店・3つのオレンジへの恋のオーナーブログです。元商社マン、母校の地で第二の人生をはじめました。

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