2012/02/21(火)12:55
古尾谷雅人という俳優のことが気にかかっていました。

昨年の暮れ、若かった古尾谷さんが出演していた、角川映画作品のDVD、「晴れときどき殺人」と「スローなブギにしてくれ」を購入。
初めて、映画で古尾谷雅人さんの若い時代の初々しい姿を観ました。

それらの映像では、 髪の毛ふさふさの石橋蓮司さん、室田日出男さんや山崎努さんらの、つい笑ってしまうほどの若々しい姿、先般亡くなられた原田芳雄さんの懐かしい姿も。

私が2本のDVDを見終わって、年が明け暫くしてからのこと。

店の入り口のドアが開き、声に力のある、超元気な「おくさま」が入ってきました。
初対面なのに、妻か、誰か知人の知り合いかと思ったほど親しげに話しかけてきます。

その声を聞いた私の妻が「フルオヤみたい」と言いました。

二人が顔を合わせると、「やっぱりそうだ。声を聞いてすぐ分った」。

「早稲田でオムライスの店をやっていると聞いたけど、まさかここだとは知らなかった」。

フルオヤとは、俳優の故古尾谷雅人さんの奥様で、女優の鹿沼絵里(えり)さんのことです。
現在、1級訪問介護士として活動されていて、何という偶然かこの広い広い東京で、「3つのオレンジへの恋」がある、小さなマンションの住人を受け持っていたのでした。

当時、帰宅が遅くあまり日本映画や、TVドラマを見ることがなかった私でしたが、偶々、古尾谷家の息子さんと私の息子が小学校の同級生であったことから、俳優、古尾谷雅人の名を知ることとなりました。

それまでもテレビ欄の出演者名で、この珍しいお名前を目にはしていたのですが、読み方がわからず、妻がフルオヤといっても、活字の「古尾谷」と結びつかなかったのでした。

息子が小学校4年のころの運動会場で、初めて古尾谷雅人さんを拝見しました。
運動不足の私が息を切らした、親参加のレース。
192センチのスリムな長身のボディー、長い脚で走った古尾谷さんの早かったこと。

女子生徒たちの歓声と、声にならない「ウワー」という憧れの目が追った。

「出番」が終わると、笑顔をふりまくでもなく、ぶっきら棒に見えた、抜きんでた高さにある古尾谷さんの頭は、すぐに見えなくなりました。

私は、その後もなかなか家でテレビドラマを見る機会がなく、俳優、古尾谷雅人を見る機会はありませんでした。

ようやく、テレビで見かけると、無骨で、一見荒削りのように見えるが、ほかの俳優にはない、独自の魅力、存在感があって惹きつけられました。松田優作さんのイメージを思わせる一面も感じました。

優作さんは、奥様えりさんとのご縁もあって 雅人さんと親しく、ふたりが出演した映画「嵐が丘」という作品がカンヌ映画祭に出品された際には、監督、スタッフらとそろって出席したそうです。

ストイック、純粋で、気難しそうなふたりですが、年齢的に兄貴分にあたる優作さんは、雅人さんを温かく見守り、
「おれはお前(雅人さん)のその眼が欲しい」
雅人さんによくもらしていたそうです。
雅人さんの方では、「自分は優作さんの体型(身体)が欲しい」と言っていたとのこと。

ハードボイルドで、クールさの中に繊細さを合わせ持つ古尾谷雅人の、スケールの大きさを、何と表現したらよいのか。

古尾谷雅人さん。
惜しいという言葉ではとても言い尽くせぬ命を、45歳という若さで終わらせてしまいました。

私は、その俳優活動のごくほんの一部だけしか見てはいませんが、ただ一瞬の、運動会での姿、存在感は脳裏に焼きついています。

たとえば、巨匠デビッド・リーン監督の名作中の名作、映画「アラビアのロレンス」。
スケールの大きなこの作品でのピーター・オトゥール、一世一代の気高い演技。

軍人でありながら、、知的で詩心も有する孤高の考古学者、T・E・ロレンス。
翳りがあり、内向的、ナイーブで複雑な心理描写を求められる難しい役。
ロレンスは実際には背は高くないのだが、この役を日本で演じるとしたら、古尾谷雅人以外に思いつきません。

個性派の国民的俳優になってほしいと思っていたのですが・・・・。


一方、奥様の鹿沼絵里さんは、大原麗子さんや、坂口良子さんにも似ています。

お若い頃の写真を拝見することができました。
今もし、このときの鹿沼えりがいたならば、とびきりの美人アイドル、女優として一世を風靡したこと間違いありません。

もちろん、当時も「週刊プレイボーイ」誌の表紙やグラビアを飾り、テレビドラマ等々一杯出ていたそうです。

お聞きすると、「サインはV」(第2シリーズ)、「秘密戦隊ゴレンジャー」、「西部警察」と、あげればキリがありません。

現在ほど、芸能情報が氾濫していなかった時代のせいでしょうか、番組を見る年代が違ったせいか、残念ながら私は鹿沼えりを知らなかったのでした。


安西マリアさんら当時の新進アイドル、歌手、タレントと一緒に写った、鹿沼えりさんの若かりし日の1枚の写真があります。デビューまもないころの、ショートカットの山口百恵さんのとなりに写っている鹿沼えりちゃんの、何と可愛らしいこと!。


美貌と華々しい経歴をお持ちの「フルオヤ」は、現在は、女優業の傍ら、訪問介護のお仕事をしています。とても気さくな方で、私もファンになってしまいました。


私が大学4年のひと夏のバイトの際、早稲田文学部の男子学生がいました。
バイト終了後もたまに、キャンパスで顔を合わせることがありました。
「ねぎやん」と呼ばれていた彼から、「日活」に就職したと聞きました。

卒業後、久々に「ねぎやん」の顔を見たのは、たまたま購入した「週刊現代」のグラビアページでした。

映画「遠雷」という作品で、「ブルーリボン監督賞」を受賞した新進の映画監督、根岸吉太郎をとりあげたもの。ルノワール監督の横顔に憧れたという、久々の「ねぎやん」アップの顔は、芸術家のいい表情をしていました。

根岸監督のその後の活躍については言うまでありませんが、鹿沼絵里さんから、その「遠雷」に出演していたことを聞きました。
根岸さんとは、随分いっしょに仕事をしたとのこと。

映画監督といえば、怖いひとと思いがちですが、とてもやさしかったそうです。

私もバイトで一緒だったとき、休憩時間にギターを弾きフォークを歌っていた「ねぎやん」の姿を思い出しました。

バイトが終了したある日、「ねぎやん」は仲間とフォークコンサートを行った。
私は行く予定だったが結局行けなかった。
行っていればよい思い出話ができたのだが・・・・。


私は、これまでに、ひとのつながりや出会いの不思議さを、いくつか書いてきました。

古尾谷家、フルオヤとの出会いの偶然、不思議さについても、また。

そして、私の学生時代にも遡る、ひとつひとつは関係ないと思われた出会いや出来事も、密やかに、しなやかな糸でつながっていたのでした。

                                              (以上)


(後記)
  
  私がこの記事を書いた後、鹿沼絵里さんから、古尾谷雅人さんは映画「アラビアの
  ロレンス」が大のお気に入りで、常々自分でも演じたいと言っていたということを
  お聞きしました。
  私は「してやったり」と嬉しくも、一方でまた不思議な思いにとらわれました。
 
 


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プロフィール

早稲田大学南門前のオムライス店・3つのオレンジへの恋のオーナーブログです。元商社マン、母校の地で第二の人生をはじめました。

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