2012/09/25(火)12:57
今年の春、「NHKみんなのうた」について書きました。
8月になって、私と同じく童謡唱歌がお好きで、「熊ちゃん」が好きだという方から、嬉しいコメントをいただきました。
番組でおなじみだった西六郷少年少女合唱団のファンだそうです。あのころ「みんなのうた」でよく流れていた懐かしい!歌声です。

さて、小曲ながら「熊ちゃんのピクニック」は、終盤に勇壮なマーチで感動的な盛り上がりを見せます。
歌っていたのはダーク・ダックスではなくて、ボニー・ジャックスのようでした。私は、ダークやボニーのCDを目にするたびに、この曲が入っていないか探したものです。

ボニー・ジャックスといえば、早稲田グリークラブの大先輩。
私が大学のときの同級生に、グリークラブに入っていたY君がいました。

あるとき、ボニージャックスとY君のいるグリーとのジョイントコンサートを、クラスの友人と二人で聞きにゆきました。会場は厚生年金会館ホールではなかったかと思います。
そして、ボニーも来るからとY君から誘われ、演奏終了後の打ち上げ会に参加させてもらいました。

場所は新宿の飲み屋の二階。
せんべい座布団・畳座敷の広い店がメンバーでいっぱいになりました。
待っているとボニーがやって来て、大町さんは私たちの座っているテーブルに着くや否や、「ションベン、ションベン」と言ってトイレに向かいました。

違うテーブルに行ってしまうと残念だと思っていると、無事われらのテーブルに戻ってきてくれて、ビールを飲みながら暫し歓談しました。
何が語られたのかさすがに忘れましたが、偉ぶらず気さくで、とても楽しい方だったことを覚えています。

私はそのとき、まだ日々新しく、楽しい出来事が続く青春時代。
少年の日、感動して聞いた「熊ちゃんのピクニック」のことについては、ご本人を前にしながら念頭にはありませんでした。
この曲はボニーにとっても、まだまだ記憶に新しい曲のはずでした。エピソードをお聞きしなかったことは、今思えば実にもったいないことでした。


それからおよそ30年、「3つのオレンジへの恋」がオープンした年の2002年。
ホームカミングデーでCD販売のため、ボニーのメンバーのお二人がキャンパスに顔を見せました。

当時、大町さんは闘病中で、そのときは西脇さん(ヒゲの玉田さん?)も不在で、テントのコーナーにいたのはたしか鹿島さんと二人だけだったと思います。

ボニーのCD「早稲田大学校歌集」を買うとボニーのサイン色紙がもらえるとのことで、買い求めて色紙をもらいました。
そうこうするうち、西脇さん(玉田さん?)も駆けつけ、お三方の一人(西脇さん?)が手馴れた様子で、大町さんのサインも書いてくれて4人分が「完成」したのです。


私はこのときもまた、不覚にもボニーのメンバーを目の前にしながら、「ちいさい秋みつけた」と並んで大好きだった、「熊ちゃんのピクニック」のことを話すのを忘れていました。

今春のNHK特番「発掘 みんなのうたスペシャル」により、この歌の存在を思い出すまでは、まだ記憶の底に眠っていたのでした。
しかし、そこで放送されなかったということは、あの素敵な「熊ちゃん」の映像がもう残ってはいないということなのでしょうか?。


実は、そのときの同級生Y君とボニーの大町さんの二人のグリーOBは、病のために、昨年、相次いで他界されました。
グリークラブの会報に、お二人の訃報が並んで掲載されていたと告げてくれたのは、私がこの店を開いたことで知りあったグリーの70歳台OB、Oさんでした。


Y君は、自身の結婚式で、自らグリーの仲間と「都の西北」を合唱して出席者を感激させ、その声は最後まで老け込むことはありませんでした。

彼の若々しい歌声も、そして大町さんが歌うボニーのコーラス「熊ちゃんのピクニック」も、もう聞くことができなくなってしまいました。


ボニーと同じく4人組のコーラスで、よきライバルだった先輩格ダークダックスは、やはりメンバーの他界や病気などのために、ボニーよりも少し長かったその音楽活動を停止したそうです。


「3つのオレンジへの恋」に来られる学生でも、ボニージャックスの名を知らないひとが随分多くなりました。


目には見えない時計の針が、静かに進んでゆきます。



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早稲田大学南門前のオムライス店・3つのオレンジへの恋のオーナーブログです。元商社マン、母校の地で第二の人生をはじめました。

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