2015/01/26(月)15:15
近所の家の郵便受けに、小学生新聞が入っていました。
私も小学生時代の一時期に、担任のS先生の薦めで読んだ「毎日小学生新聞」
でした。

ちょうど私の家では「毎日新聞」をとっていたので、早速親に頼んでとってもらいま
した。

いわゆる「こども新聞」ですが、謄写版印刷の「学級新聞」ではない、新聞社発行
の「新聞」という媒体を手に取ると、「大人の世界」に少し近づいたような気がして
うれしく、張り切って読み始めたものです。

しかし毎日届くと、さすがに読み切れなくなり、やがてストップしてしまいました。
もう55年も前のこと。

当時の連載漫画は藤子不二雄だったか手塚治虫だったか、それとも石森章
太郎だったか。

いぜれにせよ、これらの大御所もまだ若手で、「少年」や「少年クラブ」、「冒険
王」、「小学〇年生」といった月刊誌、刊行されたばかりの「週刊少年サンデー」
や「マガジン」に、驚くほどのペースで作品を発表、日本の漫画界に新風を吹き
込んでいました。

「こども新聞」の連載小説の作家は、動物小説の戸川幸夫だったと思う。

自分用の新聞を手にした、あの頃の昂揚感が懐かしく思い出されます。


日本は戦後の復興期にあり、後に公害が大きな社会問題になりましたが、実
に活力に満ちていました。東京育ちの私には、たとえば京浜や京葉の工業地
帯の一大コンビナートは、元気な日本の工業や産業のシンボルだった。

湯川秀樹博士のノーベル賞や南極観測船と越冬隊の活躍には、こども心にも、
日本は素晴らしい国だと思ったものでした。


街には子どもがあふれ、子どもは子どもらしく、大人は大人らしく、先生は先生
らしく、お巡りさんはお巡りさんらしく、若者は若者らしく、老人は老人らしく(?)、
悪人は悪人らしく(!)、どんなところにもけじめがあり、違う「世界」との棲み分
けがはっきりできていたように思います。

功罪是非は別にして、東西冷戦下、世界も棲み分けができていた。

アメリカが、イラクを滅ぼしてパンドラの箱を空けてしまった「55年後」の現在、
もう誰が悪役で、誰が正義なのか判別がつきにくくなってしまった。

「戦後の秩序」は脆くも崩れ、世界は混とんとし、「大人新聞」では、毎日、悲惨
な事件や酷い出来事ばかりが伝えられる。

日本をいまだに悪役視する国は、自国が「正義」だという。
後のひとの判断を仰ぎたいものですが、「真実」がねつ造されることがないよう
切に願いたいものです。
なぜねつ造した「歴史」を作りたいのだろうか?必要なのだろうきっと。
何のため?

「毎日小学生新聞」は、そんな状況のなかで、いま何を伝えていることだろう。
子どもたちに夢を与えられているだろうか。

私の小中高時代、周りでイジメはなかったが、相変わらずイジメはなくなっては
いないようで残念だ。

今日の状況は大人たちの、特に「団塊世代」の責任だと言われると少々辛い気
がするが、自分は昔の大人のように「大人らしい」かと自問すると、心もとない。

55年前の子どもはふと考え込んでしまうが、こんな世相下であっても、私たちの
ころのように、自国に誇りをもち、未来に期待を抱けるこども新聞であってほしい
ものです。


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プロフィール

早稲田大学南門前のオムライス店・3つのオレンジへの恋のオーナーブログです。元商社マン、母校の地で第二の人生をはじめました。

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