2015/02/20(金)12:04
ある日の夕、FM放送にダイヤルを合わせると、チャイコフスキー第5番の
第三楽章から終楽章に入ったところで、華やかな盛り上がりと会場の熱気
が伝わってきました。

私は心の中で「指揮者は誰だろう」と聴き入り、最後の一音が鳴った瞬間の
ことでした。

オーケストラの音がまだホール内に響いているなかで、ひとりの不届き男が
「ブラボー」と大きな声で叫んだのです。

一時はびこったブラボー屋がまだいたんだ。

最後の音が消えて静寂を迎えるまでは、指揮者とオーケストラにとってはまだ
「演奏時間内」だと思う。
心ない「ブラボー」で、フィナーレがぶち壊されてしまった。

ラジオで聴いていた私が鼻白んだのですから、入場料を払ってこの場に居合わ
せた聴衆も、演奏者も「やれやれ、しょうがないな」との思いだったと思います。
中には憤ったひともいたことでしょう。


ガラリと変わりますが、学園紛争が盛んだった私たちの学生時代に全共闘
系の学生たちの間で、特に人気の高かったのが任侠映画。
私はそのジャンルは好きでなかったので、当時大人気で社会現象にもなっ
ていた高倉健さんの映画は見ませんでした。

高倉さんの映画を初めて見たのは、新田次郎ファンだった私が、上映を心
待ちにしていた大作『八甲田山』でした。


初めて見た高倉さんは、寡黙な男の美学を見せてくれましたが、それまで
見てきたどの俳優とも違って、一見素っ気なく、目深に被った帽子の下から、
決して派手な表情や演技を見せることはありませんでした。

『鉄道員』でもそうでしたが、見ている方が息苦しくなるほどの「間」と、極限
まで抑制された、高倉さん独特の「何もしてない」演技の奥深さと大きさに
惹かれました。

それは、役にかけた凄まじい努力と集中力の結晶だったことを知りました。

「貪欲な」監督は、時には俳優に数十回も撮り直しを命じるそうですが、
高倉さんは一度しか演じられないと言っていたとか。文字通りの真剣勝負
だったのです。


まだ脚光を浴びる前の八代亜紀さんが、高倉健さんのコンサートで地方を
一緒に回ったときのこと。

高倉さんは、無名だった八代さんにもえばることなく、とても優しく接してくれた
といい、「本当に立派な人間は、どんなに有名になっても決してえばらないもの
だ」と、教え諭していたそうです。

スタッフにも、ロケで世話になった地元の人にも気配りを忘れなかったという、
名優高倉さんの人間性。


さて、日本人は照れ屋が多いと思われるので、欧米のように派手なブラボーは
苦手なのではないかと、私は思っています。

私は、演奏が終わって、このまま拍手ひとつもなしに終わるのではないかと思
えたとき、曲と演奏に打ちのめされた聴衆から、地鳴りのように湧き上がる歓声
とも、叫び声とも区別のつかない喝采の嵐が好きです。
ワーグナーやブルックナーの作品の後などは特に・・・・。

ブラボーを叫べるひとを羨ましいとは思いつつ、私は手のひらが痛くなるほど
大きな拍手を送りながら、高倉健さんのように、溢れそうな感激感動は内に
秘めたまま、ただ胸を熱くするばかりです。


先日、BSテレビで高倉健さんの「任侠シリーズ中最高傑作」と言われる、往年
の作品を見ました。
かつて、満場の映画館内に一斉に声が上がったという理由がよくわかりました。

「待ってました 健さん!」


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プロフィール

早稲田大学南門前のオムライス店・3つのオレンジへの恋のオーナーブログです。元商社マン、母校の地で第二の人生をはじめました。

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