2015/09/03(木)18:22
私の高校の同級生の一人に、地学の教授がいる。
彼は、現在、地球の自然活動が「活発化」していると唱えているが、そうじゃない「安定状態にある、あるいは向かっている」のだという国際学界、特にヨーロッパの学会の前に悔しい思いをしているそうだ。

ことしは戦後70年目。
大学教授のその彼も私も昭和24年生まれのベビーブーマー、団塊世代で今年66歳になるが、ほぼ戦後日本の歩みとともに育http://admin.blog.fc2.com/control.php?mode=editor&process=load&eno=275#ってきた。

私は、まだ自然が十分に残されていた世田谷で、高校の半ばまで暮らした。

小学生のころの渋谷駅頭には、義足や義手あるいは松葉杖で白衣の傷痍軍人が路上に座し、あるいは立ち姿でアコーディオンで軍歌を弾いていた。母は見かけると、彼らの前の小箱に紙幣や硬貨を入れていた。後になって、彼らは恩給が出ているのにと(受給してないひともいたであろう)、批判の声があがるまで、私も母にならって何度か小銭を置いたものだった。

すぐ横にある東急文化会館の屋上には、最新鋭の娯楽施設だった五島プラネタリウムのドームが銀色に輝いており、今から見れば宇宙科学や技術水準は高くはなかったと思うが、束の間、星座や宇宙の未知の世界にいざなってくれた。

東横百貨店をはさみ、駅の反対側にあるハチ公前広場では、特徴ある風貌をしていた赤尾敏(あかお びん)がよく街頭演説をしていた。ときにはテレビやラジオの政治討論会にも出ていた、お馴染のおじさんだった。「人間機関車」といわれた浅沼稲次郎の姿もあった。


上野駅の通路などで、戦災孤児の姿を見たような気がする。ところどころにバラック小屋もあり、まだまだ戦争の痕跡はいたるところにあった。宮城マリ子さんが歌ったような靴磨きをする少年の姿も、目にした記憶がたしかにある。
「父ちゃん」やモンぺ姿の「母ちゃん」もいた工事現場から、「ヨイトマケ」の掛け声が聞こえてくると、子どもたちも、♪父ちゃんのためならエンヤコーラ・・・もひとつおまけにエンヤコーラっと面白がってよく真似をした。

街中ではときおりMPの姿や、すっきりとした箱型のジープを見かけた。「チョコレート」のうわさがあったので、私は恥ずかしながら友だちと一度だけ試してみたが、残念ながらもらえたのはチョコレートではなくキャンディの粒だった。

後に代々木の選手村となった場所には、ハイカラな「ワシントンハイツ」という名の米軍住宅地区があった。金網フェンスの向こうには緑の芝生が植わっており、テレビ映画で見ていた「ビーバーちゃん」や「名犬ラッシー」の世界・・・そこだけ外国のようだった。

小学校では給食当番になると、昼前、少し早く授業を抜け出せるのが嬉しく、給食室に近付くと、いろいろな匂いの混ざった温かい空気が漂ってくる。
ミルクは、米国から押し付けられたという、表面に皮が張った脱脂粉乳の不味さに閉口したが、やがて、ときに生ぬるかったビン牛乳になり・・・たまには人気のコーヒー牛乳も・・・そして持ちづらかったピラミッド型テトラパック容器へと変わっていった。

クジラの竜田揚げや、噛み切れないこともよくあったクジラのカツレツはトンカツよりも美味しく、最高のごちそうだった。ヤキソバもウドンもワンタンもカレーも・・・学校給食はなんであんなに美味しかったのだろう!。
病気などで学校を休むと、その日に配られた手書きのプリントと・・・担任の先生がガリ版に書いて謄写版刷りした藁半紙だ・・・給食のコッペパンが、近くの同級生によって届けたり、届けられたりしたもの。揚げパンのときには特にうれしかった。


子ども同士の話題で、砂鉄を集めると高く売れるらしいからと伝え聞いて、馬蹄形の磁石に紐をつけて道路を引き摺ったこともあった。

戦中戦後の混乱期に、はぐれた人をさがすラジオ番組「尋ね人」では「シベリア抑留中に・・・・」という言葉を幾たび聞いたことか。

ソ連や大陸、半島、南方方面から帰国する復員船、引き揚げ船の到着予定も伝えられていた。東京港の竹芝桟橋や日の出桟橋、横浜港、千葉港、木更津港、当時の私にはとても遠くに思えた浦賀港。北の函館、小樽から長崎などの九州の港、そしてシベリアで抑留されていた兵士たちがどんなにか帰還を夢見たであろう舞鶴の港まで、全国の港みなとの名を耳にした。見つかってほしい・・・淡々と伝える中にもNHKアナウンサーの思いが感じられた。

♪さよなら さよなら 椰子の島 
 お船にゆられてかえられる 
 ああ とうさんよ ご無事でと
 今夜も かあさんと 祈ります

名曲「里の秋」(作詞 斎藤信夫 作曲 海沼 実)は、あの時代を等身大にうつしていた。
父は国家公務員で海軍の軍属として赴任し、敗戦と同時に捕虜生活も体験したというインドネシアから、母の言葉によれば、床柱のようにテラテラと赤黒く日焼けして帰国したという・・・私の父は、どこの港に着いたのだったろう。

これまで何も思わなかったのがうかつだった。
私の二人の子どもが海沼氏ゆかりの児童合唱団に入っていたころ、遠路、高齢にもかかわらず、合唱団コンサートや発表会に毎回足を運んでくれた父や母は、孫たちの歌う「里の秋」を何度か耳にしていた。両親が、父が元気なうちに、この曲への思いや体験を聞いておきたかった・・・。

そういえば、父は、インドネシアで防空壕に避難したとき、後に大統領になった、若きスカルノも一緒の壕にいたことがあったと言っていた。防空壕の中でひときわ目立つ、大きな男だったそうだ。彼らは日本軍と共にオランダと戦っていたのか。
もしも、父がソ連に抑留されていたとしたら、思想信条は、私が知る穏やかな父とは別の人間になってしまっていただろうか・・・いや、父に限ってそんなことはなかったろうと・・・。

小学校では担任の鴻巣静代先生が、避難していた防空壕に爆弾が直撃したために、知り合いの方が,亡くなられたというお話をされていた。防空壕というのは絶対に安全堅固なシェルターだと思っていた・・・。

私は、日本や欧米の軍用機や艦船のプラモデルをいっぱい作ったが、あるとき、学校の帰りに買ったB29のセットを持ったまま、同級生の松村君の家に行った。B29が描かれた箱やプラモデルのキットを目にした、まだ若いお母さんは、上空を飛ぶ銀色の機体や爆弾が落下する音が蘇ると言っておびえていた。

後になって「戦争を知らないこどもたち」というフォークの名曲が生まれたが、まだ小学生だった私ですら、少し上の世代は戦争で大変な思いをしてきたのだと思っていた。幼いなりに本や写真、テレビのドキュメンタリー番組で学んだ。幸いにして戦争を体験せずにすんだが、知らないとは思いたくなかった。

一方的に設定された李承晩ラインという、馴染めない語もしょっちゅう耳にし、死者も出した日本漁船への銃撃、拿捕、抑留というニュースが頻繁に伝えられた。ソ連によって北方の海でも同じことが起こっていた。

あの時代、湯川秀樹博士のノーベル賞受賞が、失われかけた日本人の誇りを支え、こどもたちは南極観測船「宗谷」の活動や、南氷洋における捕鯨船の雄姿に心をおどらせていた。


そんななかで、戦後日本の復興を告げた東京オリンピックは感動的であった。

都心の道路や交差点にレールの溝を縦横に走らせ、ゆるやかなカーブとで美しい幾何学模様を描いていた、情緒あふれる都電や玉電につけられたチンチン電車という愛らしい呼び名・・・・東横百貨店の一隅には、まるで遊園地施設のような玉電の渋谷駅があった。

同じように架線を伝って路上を走る、トロリーバスだってあったのだ・・・それらがオリンピックを境になくなったのは残念だが、「外国」のような高速道路の建設や、「夢の超特急」の誕生に、明るい明日を信じていた。

中学三年の秋だった。
「尋ね人」の番組も、いつしか終わっていた。



━━━━先日、「カティンの森」という映画を重苦しい気持ちで見た。
第二次大戦中に、ソ連軍がドイツ軍の行為にみせかけた、ポーランド人将校らに対する卑劣な大虐殺を描いたもの。

古くなるが、スティーブ・マクイーンと知性美のキャンディス・バーゲンの競演で話題になった映画「砲艦サンパブロ」でも、欧米列強支配を排そうとする1920年代の中国で、共産軍が、残忍な殺戮を敵方の行為に見せかけていた場面があった。終始冷静に描かれている長編の中で、ソ連と同じこの「卑劣な手口」は印象に残った。

かの国と、殺害者の数に大きな開きのある南京大虐殺についても、「サンパブロ」と「カティン」が思い起こされてならない。
市民の中に紛れ込んだ平服のゲリラ軍・・・日本兵になりすまして行われた蛮行・・・戦時下では、現地にいた欧米人はもとより、中国人ですら、なりすまし「日本兵」と中国人の区別がつかなかったことは容易に想像できる。

日本でも、関東軍が張作霖の列車爆破、殺害を敵方の仕業に見せかけた事例はあるし、南京で全く何もなかったとは思わないが、櫻井よしこさんが指摘するように、いかに戦時といえども、日本人が何十万人も大量虐殺できるような人間性を持ち合わせているだろうか。資料的な裏付けのないという、中国が主張する膨大な人数が、日本の某私立女子高の入試問題になっていたというのには驚いた。

東日本大震災の際に各国が絶賛したように、日本人の礼節、やさしさ、忍耐力は、決して取り繕ったものではなく、昔からの国民性であり、ごく自然に生じたものだ(もちろん、何事にも例外はある)。

以前、司馬遼太郎さんの一大ベストセラー「項羽と劉邦」を読んだが、古代中国の戦で行われた残忍な殺害方法や、勝者が敗者に対して徹底的に行った大量殺戮の凄まじさに、正直なところ辟易とした記憶がある。司馬さんのことだから大量殺戮は決して創作ではなく、かの国の文献記録に基づいたものだと思うが、櫻井さんは古来からのこの国民性もについても指摘していた。

王朝が変遷するたびに、滅ぼされた王朝の一族・民族には徹底的な殲滅、殺戮が実行され、都合の悪いそれまでの歴史は抹殺され否定されたのだろう。中国共産党の歴史も歴史的事実や継続性を無視して、日本を相手に突如始まった。

カンボジアのポル・ポト政権時代に国民300万人が大虐殺されたが、ポル・ポトは中国に亡命していたことがあり、つねに中国と密接なかかわりがあった。300万人という異常さに、あらためて共産一党独裁統治の恐怖を思った。


「パリは燃えているか」や「大列車作戦」だったか、ナチスドイツが市民を襲い、トラックで強制連行する痛ましい場面がよくでてくるが、これを日本軍の行為に結び付けようとした輩もいたのだ。吉田某の虚言、「トラックでの強制連行の具体的な描写」は、これらの映画から学んだのではないかと思っている。

抗日、反日を掲げる国は、日本の前に侵略し、国民をおそろしいアヘン漬けにした英国はもとより、長期にわたって分割支配した欧米列強の責任と非を、日本と同様になぜ問わないのだろうか。

親族兄弟や忠実な同志さえ裏切り、死に追いやった、独裁者スターリンの記録映画を見るにつけ、ルーズベルトもチャーチルも、ナチスから解放するためとはいえ、自由も民主主義もなく、政敵から無辜の民まで大粛清を行った、この危険極まりないソ連スターリンと、よくも手を組んだものだ。それが欧米流の正義なのだというのだろうか・・・。


戦後70年・・・南シナ海、東シナ海、ガス田の共同開発、尖閣、遠く小笠原まで、自由であるべき海洋や、他国の排他的権益を一方的に蹂躙する国がある。

事故を起こした高速鉄道車両を、原因究明、解析もせずに白昼堂々と地中に埋めていた・・・・こどもが都合の悪い証拠物を一刻も早く親の目から隠すように・・・。何が大爆発したのかすら明らかにせず、事後対策、必要な措置や補償もないまま、早くも天津化学(軍需?)工場(倉庫?)の跡地は、臭くて怖いものにふたをした公園になるのか。この発想には脱帽!「イグ・ノーベル」並みに凄い!!

終戦間際に突如不可侵条約を破棄して「参戦」し、日本の婦女子を悲惨な目に合わせたうえ、何十万人という捕虜、兵士を過酷なシベリアの大地に抑留。劣悪な環境の下で酷使して多くの生命を奪い、北方領土を奪い、最近ではウクライナを脅かしクリミヤを強奪した国もある。

かつて北朝鮮を「地上の楽園」と持ち上げ、拉致など存在しないと言ったのはどこの政党、新聞だったか。

ある国では、漢民族による恐るべき浄化政策を行いながら、少数民族を徹底弾圧、そこには軍による厳重なガードがなされていて、報道機関・メディアが立ち入ることもできない。そこで何が行われているのか・・・言論、報道、通信、信教思想、集会結社の自由もない・・・日々、現在の歴史が葬られているのに世界は何もできていない。

膨大な軍事費は13億の国民一人当たり・・・この中には人権を蹂躙されている多勢の少数民族も含まれているのだ・・・の額で見れば決して多くはないとうそぶき、世界で例のないほど急速に軍備を拡大する一方、凄まじいサイバー攻撃を行いながら、「反ファシズム」「反軍国主義」をうたう。

「実は我が国もサイバー攻撃を受けている被害者だ。是非いっしょに犯人探しに立ち上がろう」
強弁極まれり・・・きわめてたちの悪い夢、最低のブラックジョークだ。

あらためてそれらの底流には「カティンの森」と「砲艦サンパブロ」、さらに「南京事件」「スターリンの大粛清」「ポルポトによる大虐殺」「文化大革命」「天安門」と共通するものが潜んでいる気がする。

人民の上で巨大な富をむさぼっている連中は、すでに海外に膨大な資産や一族を移している。現代の「王侯貴族」である党政府の高官とそのグループ。

必ず腐敗する(誰が見てももう十分にしている)「一党独裁政権」を「共産王朝」におきかえれば、「おそろしい答え」は彼ら自身が知っているから、徹底した情報統制がなされ、盗聴、検閲、密告、拘束監禁、拷問等予防対策には国防費並みいやそれ以上の膨大な費用を費やしているという。まぎれもない恐怖政治だ。

しかしきっといつの日か、天安門の真実が白日の下にさらされる日がくるだろう。あの「カティンの森」のように、かくされていた暴虐が暴かれる日が━━━。暴虐の鎖断ちて・・・彼らが歌っていた曲の中にあったではないか!。何ということだろう。


最近、米国が友好国首脳の電話を盗聴していることが発覚し、各国を激怒させた。
日本も盗聴されていたが、米国諜報部隊は、日本が太平洋戦争に突入する前も、戦争中も、盗聴傍受をしていたので私は驚かない。この辺の様子は、大作映画「トラ トラ トラ」の原作に描かれれている。アメリカの歴史学者プランゲ博士による、日米の膨大な関係者からの聴取にもとづいた一大労作で、優れた太平洋戦史、近代史だと思う。

大量殺戮兵器があるとして、イラクを攻撃崩壊させた米国。
かつて敗戦国日本を占領したときのように、民主主義の下に押し進めようとした戦後処理は大失敗して、中東は、歴史上目にしたことのない大混乱に陥っている。民族、部族、宗教について、あまりにも思慮がたりなかった。
付き合いのよい日本が「お付き合い」していたら、取り返しがつかないことになっていた。


━━━━こうして団塊世代は、ともかくも戦後70年を見つめてきたが、昨今の世界のすがたは、とてもほめられたものではない。むしろ大問題だらけだ。


小学生のころ、軍事制裁力を持たない国際連盟の失敗を生かし、新たな平和の象徴であると教わった国連。
世界は平和に向かって、よい方向に進んでゆくのかと思っていた・・・。
やがてソ連、東欧で政治体制が覆ったとはいえ、自由のない共産主義の国がこれほど増長するとは思わなかった。

どなたの言葉であったか、「国連」は世界的な組織だとおもわれているが、これは「国際連合」という、いかにも世界各国が集ったように聞こえる日本語の訳から来る誤解で、United Nations という名称は、もともと第二次大戦中の「連合国」を指していたもので、決して世界の国々を表しているのではないのだと。
その「連合国」が常任理事国を占める「国連」は、露中の拒否権の前にとうに機能不全を起こし、もうボロボロだ。「鉄のカーテン」、冷戦につながる産物でもともと欠陥があったのだ。


映画「史上最大の作戦」と、ミッチ・ミラー合唱団の勇壮な主題歌には感激したものだが、欧米流の世界観は今や絶対ではなくなった。ましてや非常に問題の多い、自己中心絶対の露中の異様な世界観と、そのプロパガンダに利用されている「戦後秩序や歴史観」。


南シナ海では日々刻々、ナチスのような一方的な論理主張と武力によって、領海が侵略され、「あらたな領土・基地が建設」されている。国内でも人権弾圧が止むことはない。禁じ手を使った領土創設を、ヨーロッパ各国はヒトラーのあのときのように黙って見過ごしている。米国もただ懸念を伝えるだけだったが、ようやく重い腰を上げるのか。少し遅くはないのか。
国連には期待するほうが間違いか・・・やはり「戦勝連合国」グループだった。

国内では、戦争反対を訴えて、自国日本ばかりに厳しい目を向けるグループは、中国の一連の軍事的な行動や主張、国際法無視について、ソ連・ロシアの横暴を、止むことのない慰安婦問題について、何故批判しないのだろうか。いつでも悪いのは日本だけだと言わんばかりに。

止まるところを知らない軍備拡張路線を突き進む中国。
かつて東洋の日本に建艦制限を厳しく突きつけてきた、あのヨーロッパは、アメリカは、一体どこへ行ったのか。

長い眉毛のある元総理は好々爺のように、日本の尖閣を共同管理にしたらいいというが、なぜシベリアでの非道や、北方領土問題を口にしないのか。東シナ海ガス田や南シナ海での横暴について、あの国の人権問題、苛烈を極めるという民族粛清について、「北」の拉致について、この方は何かを言っただろうか。竹島については?。あまりに偏っていないか。

もし日本が尖閣で退いたら、次は、ありとあらゆる手をめぐらして沖縄を狙う・・・よもや、と思っていたが、「宗主国」の筋書きには本気で入っていることだろう。

豊富な漁場である尖閣周辺では、大小多数の中国漁船が我が物顔で徘徊し、石垣・沖縄の日本漁船は怖くて近付けないという。にわかには信じられぬが小笠原だってそうだ・・・・いつも県民の立場を訴える翁長さん・・・基地の大変なご苦労は分かるが、中国首脳に会っていながら、島民の生命・生活がかかり、国の主権をも脅かすこの問題について、あの強い行動力でなぜ直訴しなかったのだろう。中国首相と会った際の翁長さんの写真を見たが、およそ見たことのない満開の笑顔であった。

土井孝子元社会党党首も、訪朝時には北朝鮮の拉致問題にふれることなく、ひたすら首領様との面会を熱望していたと言われている。面会は叶わず、「人権」の土井氏は大いに落胆して帰国したとのことだが、一体この人たちの良心はどこにあるのだろうか。「護憲」のこころは、あちらの国に置いてきてしまったのではないか。


最近、那覇市に中国の龍の像が立てられたそうだ。
中国本土の龍の像は五本の爪を持つが、「皇帝」が「属国」に設置してきた像には、いずれも爪が4本しかないという・・・。
まさか沖縄は・・・?。


弁護士でもある社会党の女性元党首も、「新基地建設」を激しく批判する。
主張はよくお聞きしているが、辺野古沖の海洋自然保護を訴える方が、沖縄や小笠原のサンゴや美しい海を、赤サンゴを、私欲金銭欲のために無残にも荒らし尽くし、一方では海洋を埋め立てて大型滑走路つきの新基地、領土を造りだしてしまった、国際法上見たことのない、あの国の暴挙については非難しないのだろうか。東シナ海ガス田に造った、基地にもなり得る多くの海洋施設とともに、沖縄にとっても、アジアの国々にとっても大きな脅威であるはずだ。

何から何まで正常ではない「あの国を脅威ととらえるべきではない」と堂々と主張する「識者」も、黙って見過ごす人間も、政党も私は信用したはくない。

先日、BSの時事番組に登場した某A新聞社出身の軍事評論家は、「中国の大きな音を出す潜水艦も戦闘機も性能は劣り、その武力・軍事力は最新装備の日本とは比較にならない旧式なものである。空母の戦闘機積載数も圧倒的な米国の前には取るに足りないもので、脅威でもなんでもない」「毎年伸び続ける膨大な軍備費の伸びも、日本や世界各国と比べて全く異常なものではない」との主張で、大量の核兵器をもち、日々軍備強化に励んでいる中国の脅威をことさら低く評価しようとしていた。


世界のあちこちで「友好」問題発言を繰り返している、もう一人の元総理もいる。
この人と、次の人にも、その政党にも、国民の期待は大きく裏切られた。

ある政治評論家によれば、ここ数年続く、ソ連の北方領土における強硬な態度は、民主党政権のときに、玄葉外相が弱腰で何も反駁、抗議しなかったので、日本は何をしても大丈夫と見くびられたからだという。それを見て、韓国のイミョンバク大統領も竹島で強硬な態度に出たのだと。

やはり民主党政権時代に超法規で無罪放免してしまった、異様に頑丈だった中国漁船の体当たり事件も、日本以外の国であれば、砲撃していたことだろう。自民党も全面的によしとはしないが、毅然とした外交姿勢は絶対に必要だ。


━━━━戦後の日本は、深い反省のうえに、ひたすらまじめに、平和にやってきたと思う。
中国や韓国、インドネシア、フィリピン・・・迷惑をかけた国々の経済発展にも、要望に応え、それ以上に尽くしてきたと思う。だからこそ各国とは今も、そして隣国二国とも友好的な時期が間違いなくあったのだ。

「とうこうようかい」
その二国は、近年ひたすら日本を極悪非道と言うようになった。
腹ふくれれば・・・今度ニコニコと近付いてきたら、気をつけねばならない。
最近では軍艦島の世界遺産登録まで、一体、これまで両国には何度煮え湯を飲まされたことだろう。つぎからつぎと新しい攻撃目標を仕掛けてくる。

一方、ロシア事情に詳しい元外交官で作家の佐藤優さんは、いまこの時期に、日本からロシア側に、プーチン政権に近づくべきではないと言っていたのに・・・。
こちらも日本の技術と金だけはよこせと・・・。
走り寄って行きたいほどの思い入れが、安部首相にはあるようだが、プーチンもロシアも一筋縄では行かない。

太平洋戦争末期の敗色濃い日本で、あのソ連に連合国側との和平交渉役をというお粗末な発想があった。当時の日本軍部の恐ろしいほどのインテリジェンスの欠如だ。ここにも隣国の本性、怖さを知らない性善説・・・。


国力が日本と全く比べものにならないアメリカとの開戦も、山本五十六が見抜いたように無謀なものだったが、アメリカのやり方をみてくると、参戦に反対する米議会や国民世論を開戦論に導くため、米軍・米政府と巨大軍需産業から、日本は仕掛けられた気がしてならない。

第一次大戦において、自国からはるか遠い大陸で行われた戦争からもたらされるうまみを知り、今度は中国大陸やアジアにおける巨大な利権狙いのために、日本を駆逐排除する必要があった。米国が参戦するには、日本に不意打ちをさせるという仕掛けが必要だった。想定はしていたはずだが真珠湾では油断はあったようだ・・・しかし虎の子の空母は(退避させて?)いなかった・・・これも罠だったかもしれぬ。
不自然にも思えた、開戦に至るまで延々と続けさせられた、宣戦布告前の外交交渉・・・。

山本五十六が最後まで気にしていたという「宣戦布告前の奇襲攻撃」は、時代遅れだった旧式戦艦のスクラップ化と米国海軍の急速な近代化を、「卑怯な日本という不名誉」と「激怒」つきで引き受けてしまった。

「リメンバー・パールハーバー」は、非人道的な二度の原爆投下や、日本全国都市部への無差別大空襲による民間人大虐殺を、米国が「正当化」するというおそろしい結果をもたらした。

さきごろドナルド・キーンさんを取り上げたテレビ番組のなかで、終戦間もない時期に、既に日本の文化や芸術に深い造詣のあったキーンさんに対して、駐留米兵が日本のことを、長い歴史を有する中国文化の猿まねの国だとの、はなはだしい偏見と誤解にもとづく無躾けな言葉を投げかけていた。
平安王朝の雅びを始め近代に至るまで、脈々営々と築かれ発達した日本独自の優れた文化文明芸術をまったく知らなかったのだ。東洋のはずれ、欧米列強にまだ侵略されてはいなかった、小さな島国の「悲哀」だったかもかもしれない。

太平洋戦争当時、欧米人が風刺画で日本人を描いた顔は、チビで眼鏡、出っ歯の醜いサルのようだった。日本が「鬼畜米英」と言ったように、欧米でも多くの人はそのように思っていたのだろう。そこに、「パールハーバー」と人種差別・偏見も加わって、日本や日本人に対して凄まじい憎悪の念が生じていたことだろう。

日本はもとより、海外のメディアの責任もまた重い。

制御できなくなってしまった関東軍の暴走と、日独伊三国同盟。
恨みは深しだ・・・・日本はいまなおナチスに譬えられてしまっているが、党政府によって完全に情報管理され、冷酷に民族浄化を進め、着々と海洋領土侵略を実行中のあの国こそナチスに似ている。少々品はないが、日本には「言いだしっぺ」という言葉があるように、「最大の防御」といわれる「攻撃」を日本に執拗に行ってくる・・・。


━━━━現在では、冷静に判断分析すれば疑問を抱かざるを得ない、多くのねつ造された主張に対して、世界の、日本の政治家、外交官、学者、ジャーナリストよしっかりしろと言いたい。

「白髪三千丈の国だから」・・・これは私たちが高校時代、中国発の情報に対してよく使った比喩だった・・・。日本中にベトナム戦争反対の大きなうねりが湧き起こり、悪いのはアメリカのみの、マルクス主義経済学や歴史観・唯物史観がもてはやされ、学術や思想界・メディアまでを席捲していたあの頃。


当時から南京では「30万人」ともそれ以上とも喧伝され、韓国ではいつの間にか「大勢の少女を含む女性20万人」・・・民族の土台をくつがえさせかねない大変な数が伝えられるようになったが、裏付けに乏しいと言われるこの数字も、世界中で三千回繰り返されたら「真実」になってしまうのか・・。

洋の東西を問わず、地続きで国境を接している国々は、歴史的に隣国の恐ろしさやその本性を十二分に分かっているが、たまたま島国であった日本は反省の気持ちもあり、プロパガンダの前にあまりにも性善説お人よしで、ジッとこらえ過ぎた・・・通じることのない誠意もあったのだ。


一体、戦前から戦後、現在にいたるまで、ほめられた国がいくつかあっただろうか。

国歌や国旗の歴史に、汚点のひとつもない国があるだろうか。

あの両国は、日本の教科書にはこと細かく文句を言うが、自国の教科書ではプロパガンダを繰り広げ、戦前戦中、あるいは現在の日本についての記述は、ときに「史実」を超えた一方的反日思想教育になっている。しかも「このようなとき、あなたなら日本に具体的にどのようにして抵抗し、立ち向かいますか」と、日本を憎むように仕向ける演習問題までおこなわせる徹底ぶりである。

「ノーサイド」のこころ・・・フェアであるべきスポーツの国際的な試合でも、それらの「教育効果」を目にするのは愉快なことではない。それでも、日本に来て、少しづつでも真実を知りたい、学ぼうという方が増えてきているのは救いだと思う。


日本は敗戦以来、「民主主義」の米国からも、左翼・革新勢力からも、いまもなお責め続けられている。日本が「よい日本」であり続けるには、本当に舵取りはむずかしい。

マッカーサーが、どうせ日本はすぐに「平和憲法」を見直すだろうからと言ったのは本当なのだろうか。

あのドイツに軍備を存続させたのに、日本は軍備を解体させられた。
ドイツや朝鮮半島の例を見るまでもなく・・・こんなことはおこらなくて幸いであったが・・・万一、ソ連が北海道の全部あるいは半分を占領していたら、アメリカは日本に軍備を存続させていたと思う。

自衛隊は違憲だとの主張(「法理論上」はそうなってしまうのだ)や、自衛隊は解体して「人民軍」をつくるのだと息巻く「党」もある。ともかく理想は理想として、軍備を持たないということは、国家では全くありえない。「人民軍」ならばよいのか。

かさにかかって領空領土領海を狙ってくる国がある。
しかし、それにしてもスクランブル、領海侵犯の多さはひど過ぎやしないか。他国ではどうなのだろうか。

太平洋の半分を、南シナ海を、東シナ海を強奪することなかれ。


この70年・・・世界は少しは進歩したのか、大きく退化したのか、66年目の少年のモヤモヤはなかなか収まりそうにない。


(付記)
  
  問題多いあの国の「元首」を国賓で迎えるというオバマさんとは?
  
  国際法規を無視して海洋を埋め立て、要塞をつくっても黙認。
  
  何か弱みでもあるのか、よほど中国贔屓なのか。

  13億人の市場の前に屈服したのか。

  日本には難しい要求をいくつもいくつも、当然のようにもとめてくるのに。

  バドミントンの国際大会で、「不可解な風」が吹いた国も・・・。
  野球の国際試合の後、マウンドに国旗などを立てては、絶対にいけない。


  「日本がユネスコを脅迫!!!???」
  小学校で、文化、教育、平和の象徴だと教わったユネスコ。
  良識、ヒューマニズムに支えられた質の高い組織だと思っていたが、いまでは
  中枢幹部を中韓が占めた。

  戦後、すくなくてもこの両国よりは世界平和、教育文化の発展に貢献してきた
  日本に対して言いたい放題、やりたい放題。
  これが「戦後の秩序」だと・・・。

  「歴史修正主義」を唱えれば、正義も道理も引っ込む。

  欠陥矛盾だらけの独裁政権批判をそらすため、日本は永遠の悪者、ターゲットだ。

  ハマーショルド、ウ・タント・・あのころの国連事務総長は人格、識見が卓越しており、
  重みと信頼感があった
  
  アメリカさん、イギリスさん、フランスさん!!
  
  クリントン候補が放った「恥知らず」という強い言葉、姿勢は、
  いつまで変わらずに保たれるのだろう。


  「バトル オブ ブリテン」・・・ナチスドイツと激しく戦った、女王陛下のイギリスは  
  一体どうしてしまったのか。
  馬車のこの光景は見たくはなかった。

  チャイナ'・・・チス。
  
  今年、パリは中国人旅行者によって買い占められた。

  ナチスを猛省しているはずのドイツ、メルケルまでが、航空機ビジネスにつられ、
  ついに現代の○チスともいうべき北京詣でをしてしまったとは!!。
  ドイツはフランスと歴史的和解を果たすことができたが、日本の相手国とは決定的に
  国の成り立ち、歴史、文化が違っている。ドイツ流はそのまま通用しないから難しい。

  かつて帝国主義の時代、ヨーロッパ列強は資源貿易の権益を求めて中国を支配下に
  置いた。そしてその利権を脅かす、台頭した日本を、米国と共に叩いた。
  もちろん日本にも反省すべきところはあるし、日本の戦後は反省の歴史でもあった。
  
  現在では、ヨーロッパ列強各国は、巨大市場、巨大ビジネスの場である中国の国内外  
  の不正義を非難すらすることなく、「赤い帝国」の巨額マネーの前にぬかずいている。
  「正義のこころ」「騎士道の精神」を失ったヨーロッパは、どうかしているとしか思えない。

  ナチスを殲滅させた「ノルマンディー上陸作戦」の心はどこへ行ったのか。
  
  一方で中国の日本に対する攻撃はますます熾烈を極めている。
  大英帝国による、悲惨なアヘン漬けや侵略の歴史については・・・。
  列強各国の長期にわたる中国支配については・・・。

  晩さん会ではチャールズ皇太子がせめてもの意地を示したが、人権活動に熱心だった
  故ダイアナ妃も、晩さん会等のセレモニーには列席しなかっただろう。

  クリントン候補の発言ではないが、自由と民主主義の先進国であった、栄光の英国の
  現政権は、ヨーロッパの首脳たちは恥ずかしくないのだろうか。  

  かつて、ヨーロッパの戦況を睨みつつ、「パールハーバー奇襲攻撃」を格好の好機に
  とらえて参戦した米国と、ナチスによる空襲と戦った英国との連合軍によるフランスの
  ノルマンディー海岸上陸作戦、「史上最大の作戦」が、ヨーロッパ解放の幕開けとなった
  のに・・・。

  鳩山由紀夫氏の無責任なことばで、ちゃぶ台がひっくり返ってしまった沖縄の問題で、
  日本にも大きな火種を撒いた「自由の国」アメリカ。戦後、日本に「民主主義」を「教
  えた」ように、せめて中国に国際規範、ルールを教えてやってほしいものだ。
  
  英国が良識を失ってゆき、ドイツもフランスも現代のナチスと国際的に非難されて
  いる国にのめり込んでゆく、決して見たくはなかったまさかの現代史を見てしまった。

  帝国主義の時代も現代も、ヨーロッパから見れば、遥か遠くの中国は、
  十分に魅力ある巨大な資源・利権、市場であることに、いまも変わりはない。
  彼らの念頭には「国際正義」など全くないのだ。

  ますますモヤモヤ指数が上昇する。


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早稲田大学南門前のオムライス店・3つのオレンジへの恋のオーナーブログです。元商社マン、母校の地で第二の人生をはじめました。

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