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2017/12/18(月)19:14
早稲田大学に近いという恩恵にあずかり、ここ数年、大学在校時には味わえなかった芸術・文化・歴史の香りに触れさせていただけていることは、大きな喜びです。

先日は、早稲田大学ICC主催のトークセッションで、指揮者広上淳一さんのお話を聞くことができました。
テレビ番組で、広上さんの情熱的な音楽活動の一端を拝見したことはありましたが、今回は、間近かの距離で氏の謦咳に接し、至福のひとときを過ごすことができました。合間には、東京音楽大学女子学生による、まことにエレガントな、サキソフォン四重奏の生演奏を楽しませていただくという「豪華版」です。サックス四重奏の魅力、奥深さを教えてもらいました。

言うまでもなく広上淳一さんといえば、日本ではコバケンこと小林研一郎さんと双璧をなすカリスマ指揮者です。

残念ながら私はまだ広上さんの演奏を体験していませんが、広上さんが、かつて日本フィルハーモニー交響楽団を常任指揮していたとき、愛読していた「レコード芸術」誌に、ファンから熱烈な支持が寄せられていたことを、いまもはっきりと覚えています。

熱血ぶりから、往年の大指揮者トスカニーニのように「気難しくて恐いひと」ではないかと思っていました。
その広上さんが、中学生の頃には桜田淳子さんの追っかけをしていたとのことで、「そうでしたか」と、つい微笑んでしまいましたが(私は氏より年長ですが「百恵派」でした)、「フツーの少年」が後年、指揮界の天才・鬼才に至るという、人生の不思議・天命を感じました。

氏の父上がNHK勤務のため、転勤が多く、小学校・中学校では転校を重ね、随分苦労され、成績も落ちてゆく一方だったそうですが、中学や高校時代に、手を差し伸べてくれたよき師に出会えたことで、音楽への道が開けたそうです。

お父さんの関係で、幼いころからお母さんと一緒にN響コンサートを聴く機会に恵まれたそうで、私も、母がまだ幼い私を日比谷公会堂などに連れて行ってくれたことを、思いだしました。貝谷八重子さんや松山バレー団を見に行ったことも覚えています。

広上さんは小柄ですが、身長の話題になったとき、さばさばと、カラヤンもバーンスタインも、氏とさほど変わらないと聞かされました。カラヤンはそれほど大きくはないと思いましたが、バーンスタインはもっと大きいと思っていたので、意外でした

世界や日本のオケを指揮し、育て上げてたこられた経験や苦い体験も踏まえて、いまでは、適度の距離感をとりながら、厳しくも、熱い愛情を注いで指導されているとお聞きしました。

以前にも書いたのですが、指揮者といえば、映画監督、プロ野球の監督と並んで、男がやってみたい三大職業と言われます。
「題名のない音楽会」でも、ときどき素人指揮者の回があって、結構うまい人もふえてきました。でも違う!のです。

私も憧れますが、練達を極めたオーケストラ奏者の前に立つことはとても恐ろしいことで、指揮者の技量・能力はすぐに見破られてしまうと思いました。
たしか広上さんも、オーケストラの前に立つのは、宮本武蔵を相手にするようだと仰っていました。
あの「ヒロガミ」にしてです。

若い頃には挫折を味わったが、音楽界に導いてくれた二人の師との出会いがあり、そして指揮者になることに反対だったお父さんとの約束を果たすため必死で頑張り、ときには幸運を味方につけながら、音楽界で確固たる地位を築いてこられた広上淳一さん。
その生き方は、不登校やいじめに悩む生徒たちにも大いに希望と勇気を与えてくれるに違いありません。


(余談)
聴衆4~50人のこじんまりとした会場でしたが、折りたたみイス席の配置が悪く、最後部からは、前の人の頭、頭しか見えず、、至近の席で話されている広上さんのお顔や、サキソフォン奏者の演奏ぶりが見えなかったのは、ちょっと残念でした。

広上さんは、時々学生さんとも飲む機会があるそうですが、この日は、打ち上げでもあったのかしら(音楽評論家 吉田秀和さんの口癖)。
あったとしたらもぐりこんで(もちろん会費は払います!)、グラスを片手に言葉を交わさせていただきたかった!。
これからは広上さんのコンサートが楽しみです。

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プロフィール

早稲田大学南門前のオムライス店・3つのオレンジへの恋のオーナーブログです。元商社マン、母校の地で第二の人生をはじめました。

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