2018/04/10(火)19:06
(急告)
4月19日(木)は都合によりお休みさせていただきますのでご了承ください。


(ブログ 本文)

FM放送の「スぺクタル・大作映画音楽特集」で、「ベン・ハー」の荘厳な音楽が流れていて、番組最後の曲は「アラビアのロレンス」でした(いずれもサウンドトラック盤)。

いまは懐かしい“70ミリ映画”「ベン・ハー」のスケールには圧倒されたものでした・・・こんな映画、日本にはできないなあと・・・。
そして「ロレンス」は私が最も愛する映画であり映画音楽で、このときたまたま耳にすることができたのです。MC紺野美沙子さんは、映画館の大きなスクリーンで「アラビアのロレンス」を見たかったと話されていました。

むべなるかな━━。

紺野美沙子さん以前の私の世代は、ビデオが普及するまで、家庭で映画を見るのはテレビ放送だけでしたが、恵まれていたことがひとつありました。
それは映画の「リバイバル公開・上映」で、ロードショウ劇場で、ひと昔前の名画を新作のように見ることができたことです。「風と共に」は日本で最も多くリバイバル公開されたといいます。

私はその恩恵にあやかって「ベン・ハー」「風と共に去りぬ」のほか、「シェーン」と「駅馬車」(嬉しい二本立てでした)、名曲の宝庫「南太平洋」、度肝を抜かれた映像と“二人のシュトラウス”の「2001年宇宙の旅」、さらにヘプバーンの「ローマの休日」「マイ・フェア・レディ」など、映画史上に輝く名作をロードショウ劇場で見たのです。

「ロレンス」の初公開は私の小学生時代のことで、慶大生であった私の従兄が見にいったあと、家にパンフレットを置いてゆきました。
パンフは上質の厚い紙を使用し、今では考えられない豪華で凝った装丁になっていました。余白をたっぷりとってあり写真カットも解説も意外に少なかったが、私にはまだ難しそうだと思いました。
当時、ラジオからは「ロレンス」の序曲やメインタイトルのサウンドトラック盤がしきりに放送されていたので、その壮麗で優美な音楽には大いに惹かれて、やがて映画も見たいと思うように。

そして中学時代に、ついに「アラビアのロレンス」がリバイバル公開され、巨匠デビッド・リーン監督と若き音楽家 モーリス・ジャール、そして一世一代の名演をしたピーター・オトウール(オマー・シャリフも)との、奇跡的な出会いによる「芸術」を体験することが出来たのです。

日比谷劇場だったろうか。
ティンパニーが荒々しくリズムを刻んだ後、聴き馴染んだメロディーをバックにストーリーが展開してゆき、暗い画面から眩い砂漠の映像に転じたときには、灼熱の熱気を一気に吹き飛ばす抒情的な音楽と相まって、思わず息を飲んだものでした(「2001年宇宙の旅」で、猿人が高く投げ上げた骨が宇宙船に画面転換する瞬間もそうでした)。

「東京映画祭」での企画でしたか、「ロレンス 完全版」が公開された95年には、東急文化会館内の渋谷東急で「再会」しました。
地方からの出張帰りで、飛行機が延着しないかハラハラしながら夕刻の上映時間ギリギリに駆けつけることができたのでした。
映画の終盤ではアラブの民族や部族がぶつかり合って、今日の中東の様相を見るようです。

米国によるイラク殲滅から始まった、昨今の中東の無秩序化・大混乱は、ロレンスが活躍した時代の英仏両国がとった国際行動・政略に端を発するといわれ、民族・宗教の複雑さにロシア・米国もからんで、実に荒っぽい展開を見せています。
アジアでは軍事大国化した中国の横暴と、核を手にし傍若無人にふるまう北朝鮮 ━━ 一体戦後世界はこんな日を目指していたのだろうか。戦後とほぼ一緒に育った元少年はふと思います。


自身に目を転じると、いまは4月の末日に向けて一日一日が貴重な日々です。

残念なことですが、「3つのオレンジへの恋」の”リバイバル公開“はありません。
あんな店があったなあと、せめてどこか、みなさんの記憶のすみにでもとどめていただければ・・・。


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早稲田大学南門前のオムライス店・3つのオレンジへの恋のオーナーブログです。元商社マン、母校の地で第二の人生をはじめました。

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