2016/05/08(日)11:58
   私が昭和24年に作曲した「夏の思い出」をはじめ、「雪のふるまちを」、「めだかの
   学校」等は、殆ど昭和二十年代に作曲した。それらがいつの間にか、私の代表作
   になってしまった。自分ではそう思っていないけれど・・・━━

 これは82年11月、郵政省関連団体発行の小冊子『かんぽ』(NO.54)に、作曲家の中田喜直さんが書かれた小エッセーの冒頭部分です。「よく孝える・・・・・・ということ」という、文字の配置に凝った題名がつけられていました。「昭和24年」は私の生年であることはおそらく何かの偶然なのでしょう(「雪のふるまちを」の表記は中田喜直さんの文章に従いました)。
 
 私の父が郵政省に勤務していたことから、『かんぽ』誌のほかにも同省関連の刊行物はいつも周りにありました。とうの昔に父は亡くなりましたが、この度、役所関連の書籍や郵便物などを処分しながら、亡くなった父の書いたものがどこかに載っていないかとページをくっていたところ、34年前に書かれた中田喜直さんのこの一文が目にとまったのです。

 私の幼年時代には、NHKのラジオ放送で、季節になると必ず「夏の思い出」や「雪のふるまちを」が流れてきたものです。この二曲を聴いて、まだ見ぬ遥かな尾瀬に憧れ、思い出だけが通りすぎてゆくという「大人の冬」に思いを馳せたものでした。今なおこの二曲は私が最も愛して止まぬ曲の筆頭で、爽やかな女性コーラスと高英男さんの名唱が耳に残っています。

 その中田喜直さんが、私が通った世田谷区立多聞小学校の校歌作曲者であった・・・そのことに私が気が付いたのはほんの数年前のことで、私はもう60歳を越えていました。小学校の行事の度に何度となく歌っていながら、なぜか「夏の思い出」と同じ作曲者の名を意識した記憶がありませんでした。自分でも不思議に思うのですが、あれほど好きな曲の作曲者が自校の校歌を作曲していたというのに・・・。今思えば、「めだかの学校」のようにシンプルで愛らしくて、とても歌い易い校歌だったと思います。
 
 昨年のことでしたか、「禁煙ジャーナル」編集長の渡辺文学さんとの電話の中で中田喜直さんのお名前が出たので、私の小学校校歌の作曲者ですよと話したところ、何と、文学さんの出身高校(都立千歳高)の校歌もまた喜直さんが作曲していたことがわかりました。禁煙活動で文学さんと全国を駆け回った喜直さんでしたが、「早春譜」で知られる父親の中田章さんがヘビースモーカーで、病に苦しみながらも喫い続けたその姿が喜直さんに大きな影響を与えたとお聞きしました。
 
中田喜直さんはそのエッセーを、次のように「喫煙の害」で締めくくられていました。
   
   ━━━仕事をする上で、健康である事、頭がすっきりしている事が非常に大切だ。
   タバコは害しかないものだから、喫煙の習慣は全くの愚行であるが、それに気が
   つかない人が非常に多い。百薬の長のお酒と、百害あって一利なしのタバコとを
   同一視して、禁酒禁煙などという変な言葉もある。私は音楽の上でも生活の上でも、
   少し考えて、自然を尊重し、愚考と愚行をしなかっただけで、とても恵まれた生活が
   出来ていると思っている。

 私が第二の人生で、母校早稲田大学の地で「3つのオレンジへの恋」というオムライスの店を開いて間もなく、いつも「禁煙ジャーナル」を手にしていた、高橋さんという女性がお見えになり、私と「会」との接点ができたのです。
タクシーや新幹線など、新聞やニュースで一歩ずつよい方向に向かってゆく禁煙化の流れを知り、いつも大変ありがたく思っていましたが、その中心で活躍しておられるみなさんともお会いできました。

 最近は会合にもなかなか参加できずにおりますが、今年の2月に、「3つのオレンジへの恋」にて塚田啓一さんを偲ぶ会が開かれて、久しぶりに懐かしいお顔を拝見しました。文学さんや「会」を、長年支えてこられた塚田さんがどんなに愛されていたかを窺い知って感銘を受けました。明るい渡辺文学さんを「太陽」に例えるならば、飄々とした塚田さんは月」のようであったといえるかもしれません。
 
 室内で喫えないためにビルの外でする喫煙、相変わらずの歩きタバコ、無くならないポイ捨て、人がいないエレベーター内、ベランダ、歩いていてもどこからともなく襲ってくる悪臭。副流煙よりも猛毒だと辻丸さんから伺った衣服に染み付いた悪臭や呼気・・・私はその都度息を止め、顔をしかめつつ、日々禁煙活動をされている皆様に感謝しています。

 今、もし中田喜直さんがご健在で、プロコフィエフ作曲のオペラと同じ名を持つ「3つのオレンジへの恋」にやってこられたとしたら、曲想を刺激されたであろうか、可愛らしい、晩年の名曲が誕生したのではないだろうかと、あらぬ思いを巡らしています。
因みに、喜直さんが「自分で代表作だと思っているのは、一般の人があまりよく知らない歌曲、合唱曲、ピアノ曲にある」(前掲のご本人の文から)とのことです。

  なお、内村直也さん作詞による「雪のふるまちを」の原風景は、中田喜直さんが見た山形県鶴岡市の雪景色だそうで、毎年2月に開催されるという「鶴岡音楽祭」のフィナーレでこの曲が歌われます。
 
 ある年、私の娘がまだ小学生だった頃、所属していた児童合唱団がこの音楽祭に招かれて童謡唱歌をご披露し、最後に参加者全員でこの曲を歌いました。もう私もほとんど忘れかけていましたが、この記事を書いていて思い出したのです。
「音楽祭」のテレビ放送は東京では視聴できませんでしたが、私が商社に勤めていたときの得意先がたまたま鶴岡市にあって私も何度も足を運んだ、その会社の役員さんにお願いしてビデオに録っていただきました。その番組は、娘を始め合唱団をとても丁寧に映していただいており、この日のコンサートを目にすることができた幸運に感謝したものです。

 お若い頃から才能を発揮されていた喜直さんのことですから、当然多くの校歌を委嘱され作曲しています。とはいえ、こうして振り返っていろいろ考えてみると、文学さんや「禁煙ジャーナル」さんを始めとして、本当に何といくつもの偶然が重なっていたことだろうかと、我ながら驚くのです。

 中田喜直さんといえば、幼い日、やはり冬になるとラジオから流れてきた「わらいかわせみに話すなよ」のユーモラスな曲も氏の作品でした。毎朝『うたのおばさん』ではとても面白く聴けるのに、すっかり陽の落ちた冬の夕、弱々しいガスストーブの火力でなかなか部屋全体が暖まらず、炭火こたつに入りながら聴いていると何だか心細くなるのでした。特に風邪をひいて寝込んでいるときなど、この曲に物悲しさを感じていたのは果たして私だけでしょうか・・・。

コメント
この記事へのコメント
禁煙活動参加中
塚田さん偲ぶ会に参加してた女性です。
店前の集合写真で後ろの左から5番目、
白いジャンパー来てます。

セットクッキーを買うとき、
たまたま、他のクッキーも
勧められました。

塚田さんとは、
禁煙アパート・シェアハウス見学の時、
少し話したきりになりました。

受動喫煙症を患っていて、
わずかな煙でも吐き気がしてしまう程
です。

私にとって、終日全席禁煙のお店は、
貴重なものです。
『3つのオレンジの恋』さん
ありがとうございます。

機会あれば、食べに行きたいと思います。

5/28の東京実施 禁煙デー
イベント
楽しみです。 
2016/05/12(木) 02:54 | URL | #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://3orangelove.blog133.fc2.com/tb.php/302-8bad2a14
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
検索フォーム

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
プロフィール

早稲田大学南門前のオムライス店・3つのオレンジへの恋のオーナーブログです。元商社マン、母校の地で第二の人生をはじめました。

リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム
QRコード

QR